The Place in the Sun BBS

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三文楽士の休日 "The Place in the Sun"
太陽能車考古学研究所 "Solar Car Archaeology Research Institute"
三文楽士の音楽室 "The Place in the Music"

共通掲示板 BBS です。

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TERRA-SUNS様 - 三文楽士

2016/08/07 (Sun) 19:56:26

TERRA-SUNS様 ご要望、対応いたしました。遅くなりすみませんでした。ご挨拶にお伺いしたかったのですが、あまりに想定外の出来事が起こりすぎまして、余裕がありませんでした。すみません。

Re: TERRA-SUNS様 寺内哲夫・寺内剛

2016/08/08 (Mon) 23:11:32

削除ありがとうございました。今年こそ勉強もかねて、こちらからご挨拶に伺おうと思っていたのですが、やっぱりレースが始まってしまうとそれどころではないですね。

今年もドラマがあったのですね。でも、うーん惜しかったですね。

今年はすごくレベルが高く、大きな接触もないように見えました。クリーンな真剣勝負を感じました。

なお、当チームは今回をもって終了となる予定です。
家族チームとしては、やりきりました。

お願いがあります。
多くの皆さんのために資料を残してあげてください。
こちらのページは大変貴重なものです。正直めんどくさいでしょうが。

いつかまた鈴鹿の地に立てることを夢見て、そして太陽の光にやられる人がこれからも続きますように。

Re: TERRA-SUNS様 - 三文楽士 URL

2016/08/12 (Fri) 10:26:30

寺内哲夫様、寺内剛様
 長い間お疲れ様でした。ご家族での参加、大変うらやましかったです。SUNLAKEも今年で店じまいのはずだったのですが、気がつけばメンバーは来年の改良点について相談しています。

 サイトの方は、開設以来、多くの方から励ましや資料提供を頂いており、まとめるのが全く追いついておりません。気長に見守ってやってください。

今後ともよろしくお願いいたします。

写真撮りました シミズマスオ

2016/08/09 (Tue) 04:29:33

2016年8月6日三重県鈴鹿サーキットに参加したエントリー番号114-TEAM SUNLAKEの写真をたくさん撮りました。送り先の住所を教えてください。

Re: 写真撮りました - 三文楽士 URL

2016/08/12 (Fri) 10:22:59

シミズマスオ様
 ありがとうございます。お言葉に甘えて、別途連絡させていただきます。

伝説を再び - 三文楽士 URL

2016/08/07 (Sun) 20:00:39

Quiet Achiever 2 Project

伝説のソーラーカーを最新技術で再生し、
伝説のドライバーにより、再び大陸横断に挑みます。

https://youtu.be/3nKVbJL1WVY

WSC2015 - 三文楽士 URL

2016/07/21 (Thu) 09:54:00

実は、モロモロの事情により今日までに完成させたかったのですが、時間切れで途中までです。
トップページからのリンクはありませんので、今日時点ではBBSをご覧になっている方だけの特典と云うことで。

http://sunlake.org/solar/wsc2015/

ソーラーカーレース鈴鹿2015 写真 - 谷口

2015/08/08 (Sat) 22:19:46

三文楽士様

先週のソーラーカーレース鈴鹿
お疲れ様でした。

RitsVの谷口です。

大会で撮影させてもらいました写真をいろいろとアップロードしてみました。

使えそうな写真がありましたら、ご自由にお使いください。

http://photozou.jp/photo/list/3166944/8678724

Re: ソーラーカーレース鈴鹿2015 写真 - 三文楽士 URL

2015/08/09 (Sun) 08:51:50

ありがとうございます。活用させて頂きます。

って、これ「早くレポート書け」というプレッシャーか?

ソーラーカーレース鈴鹿2015 レポート - ソーラーカーファン

2016/01/18 (Mon) 06:21:00

レースレポートとても楽しみに毎日2回はHPを訪れています。よろしくお願いします。

Re: ソーラーカーレース鈴鹿2015 写真 - 三文楽士

2016/01/20 (Wed) 22:48:06

すみません滞ってます。

WSC2015備忘録その1 - 三文楽士

2015/10/19 (Mon) 22:43:01

2015.10.15 Day -2
08:20 下りのJRに乗り込む。安土駅、天主タワーは見納めだ。

昨日「チケットはあるけど席がない!」とFBで叫んでいた三瀬氏は無事ダーウィンに到着している様子。
東海大学の静的車検、かなりモタモタしてる様子で、池上先生、少々ご立腹。
NUNA、PUNCH、Michigan は気合十分だ。

10:00 新大阪バス停に着き伊丹空港までのバスチケットを購入。
10:15発 40分ほどかかるとアナウンスあり。本来の路線である新御堂筋が事故渋滞なのでコースを変更。通常より15分ほど余分にかかりそうとのこと。

11:15 伊丹空港
さっさとチェックインして搭乗券を受け取り、キャリーバックを預けて身軽になった。
両替もここでしておこう。 オーストラリアドルは おおよそ100円の見当。ドル、ユーロ以外の通過は、余らせて日本円に戻すときのレートが恐ろしく悪いので、使い切ってしまいそうな分だけにしておく。

 もともとは店舗スペースだったのかな?と思えるところに丸テーブルとイスが配置してあり壁際にコンセント発見。しばし、PC開いて仕事とスマホの充電

13:45 搭乗はもう少し先だが、時間を持て余してしまったので出国手続きを経て15番搭乗口へ向かう。

14:45 JAL3006便 定刻通りにゲートを離れ滑走路へ

15:55 成田空港着 しばしブラブラするが、やはり時間を持て余し気味。
16:50 初心者なので先輩方の足跡をたどらせて頂くことにした。どうやら、ここでお寿司を頂くことになっているらしい。とはいえ寿司屋でそんなに長居もできないので出国手続きを済ませて搭乗口に向かった。途中で見つけたのがここ。コンセント発見。座り心地はあまり良くないが贅沢は言うまい。

20:55 成田空港発 時間通り。窓側だけど夜間飛行なので何も見えない。
   マッドマックス見て、サン・アンドレアス見て、あと何見たっけ・・・ターミネーターの新作がまだだ。


2015.10.16 Day -1
07:00 ブリスベン到着。乗り継ぎ時間は一時間半。といっても、20分前に搭乗口にいないとだめなので、実質1時間10分。その前に、ここで入国審査と税関を通過しなければならない・・・・が大混雑。結局入国審査に40分並び、税関に15分並んだ。この時点で8時10分の搭乗締め切りまであと15分。息を切らせて乗換手続きの窓口にたどり着くと・・・・・窓口の彼は少し悲しそうな顔をしたが冷たく僕を突き放した。
 「Missed(乗り継ぎ失敗)」
一瞬わけがわからず、
 「なんで?まだ15分あるじゃない?」
ブリスベン空港のオーストラリア国内便は、国際便の発着ゲートから、10分ごとに発車するバスで8分かかる。さらにそちらでも荷物検査があるので最低30分余裕がないと無理。ということで、人選初の乗り継ぎ失敗。
 後でわかったが、FBで同じトラブルを報告していたS川氏以外にも、WSC入りした何人もが同じブリスベンでミスっていたようだ。
 「困ったな、どうすればいい?」
彼はパチパチとキーボードを操作し、何本か電話して、
 「ケアンズ経由でダーウィンに行ける。着くのは今夜の9時15分だ」
 「Is it OK ? (これでいいか?)」
 「Not good(ええわけないやろ)」でも他に選択肢はないんだろ?
OK出す前に一度否定したのが効いたのか、彼は「ちょっと待て」と言って、さらに電話を一本。
 「このメモを国内線ゲートの受付に出せが食事券をもらえるように手配した、じゃあ良い旅を」


08:30 本来、ダーウィン行の飛行機に乗っているはずだがここから14時過ぎまで時間をつぶさねばならない。
   先ほどの食事券は、物価の高い豪州でしかも空港。サンドイッチと飲み物でおしまいだった。
14:05 ケアンズ行に搭乗
16:30 ケアンズに着陸
   途中、グレートバリアリーフの上空を延々と飛んでくれたので、それだけが収穫。
   ケアンズの空港はフリーWifiなかったので暇もてあまし。
18:50 ダーウィン行に搭乗
21:05 ダーウィンに着陸 荷物受取、出口に到着したのが21:20.

 空港には岩田さたんが迎えに来てくださっていた。結局家を出てから36時間、過去最高の片道旅程になった。ホテルでナビさんと合流し、ラストオーダーだったレストランに入って、しばし仕事の話。

 静的車検を少しでも見よう、ということでぎりぎり車検最終日に入れる便にしたのだが、実際には午前中で終了してしまい午後には片づけをはじめていたとのことで、どっちにしろ見たいものは見れなかったらしい。少しは気が楽になった。

2015.10.17 Day 0

06:00 目が覚める。
08:00 Nabihさん、Iwataさんと朝食。ホテルのfree-wifi が調子よくFBのライブカメラで現場お様子が見れる。

動的車検はすでに07:00から恥開始されているえっている。ヒドンバレー・サーキットの一周のタイムと、スラローム~ブレーキテスト。鈴鹿のように一斉に走るわけではなく、一台ずつ、純粋なタイムアタックである。

09:00 Iwataさんの運転に三人が同乗してヒドンバレーサーキットへ
   Chrissが僕に用意してくれたPASSは「AAA」=何時でも、どこへでも、入っていいパス。こんなの僕に渡すなんて、どうなっても知らないぞ。ともかくコントロールタワーでも、各チームのピットでも、お構いなしに入っていけるってのは、WGCのチラシを全参加チームに配布するという特命を与えられた僕にはとても都合がよい。今回のWSCには50チームが参加する。各チームでチラシを見せて1分説明しても全部で50分かかるのである。

ISFのシャツを着て、うろうろしていると、それなり声をかけられる。

 「あんた、ISFかい? じゃあ、世界中のソーラーカーレースに行っているんだな?」
 「いやあ、まだ新米なんで、WSCも今回が初めてなんだ。でも鈴鹿には毎年出ているし、海外イベントも何回か経験はしているよ。」
 「ああ、知っているとも・・・」
 「(え????)」
 「だって、あんた鈴鹿でトランペット吹いてくれたじゃないか。」

おいおい、あんたAuroraの日本遠征チームメンバーだったのか、それを先に云ってくれよ。

 「Oh my friend !!」
という大きな声に振り向くと、大げさなイタリアン・アクションで僕を歓迎してくれたのはジョゼッペだ。今回は車検アシスタント兼オブザーバーに手を挙げたらしい。頼まれていた息子さんへのプレゼント(日本でしか手に入らないアニメGoods。美少女系ではありません。念のため)を手渡すと、「おれもプレゼントを用意していたんだ、これを受け取ってくれ。」といって手渡されたのはイタリアの高級ワイン。うれしいけれど、ホンネは早く荷物を減らしたかったんだけどな・・・」

そうこうしている内にも動的車検は続く。タイム出そうとすると、日ごろしない無理するんだよな。何チームかが、クラッシュしたり、バッテリーをいかれさせたり。

突如、「バタバタバタバタ」と けたたましい音。何か壊れたのか?と思いきや、そうではなく、応援するのに、コースわきのガードレールや、策に取り付けられている広告ボードを、みんなが一斉にたたく音だ。

「オーオーオーオー オー!」 とオランダのNuonチームが雄叫びをあげると、東海大も負けじことを繰り返し、それが互いへのエール交換に続いてゆく。ガレージ二階テラスでは各国の旗が振られている。

こういうの、鈴鹿に無いよなあ・・・・。アブダビでも感じたのだけれど、車検が三日も四日もあると、互いに助け合って足りない部品を有図したり、アドバイスしあったり、チーム同士での交流が深まっていくのだ。

車検会場には鈴鹿でおなじみのFIAのGeorgとも合流。結局彼を加えて4人で動くことになった。

13:30 午前中で終わるはずだった動的車検は13:30までずれ込み、そこから写真撮影タイム。その時に撮影したのが10/17当日にFBに投降した画像である。

15:00 チーム・ミーティング会場へ。
   ミーティングの会場は静的車検と同じ場所。各チームにはヒドンバレーのガレージ(はみ出したチームはテント)が与えられており、そこから車で5分ほどのダーウィン展示場へ運んで、そこで車検が行われる。なので合格するまで、何度か行ったり来たりしなければならないわけだ。翌日からのレースの基本的な説明が行われていたわけだが、豪州なまりの早口の英語が、会場でワンワン響くので、ほとんどなに言ってるのかわからない。こりゃ大変だ。

17:00 ホテルに戻り、近くのスーパーへ当座の「PET水」と軽食を仕入れに

20:00 スーパーで仕入れたオーストラリアのチーズとクラッカーを肴にしてジョゼッペにいただいたワインをいただきながら、昨夜の続きのミーティング。



2015.10.18 Day 1
 
05:00 WSC2015 本戦の開幕である。各チーム05:00-07:00までの間に出発できる用意を整えてダーウィンのステーツ・スクェアに集合。

06:00 起床してまず朝食をとりにレストランへ。 アデレードまでの交通手段が分かったのは実は昨日の夕方。WSCの車検長で、アブダビでも一緒に検査員をしたポールが乗せてくれるらしい。でも昨日はその件で何も相談ができていない。どこでも何時に落ち合うかといった情報が、全くないのである。ロビーをウロチョロしていると、急にWSCのオフィシャルの服を着たオジイさん(失礼)に声をかけられ握手を求められた。「え? あんた誰?」と言いかけたが、その前に名札が目にはいった。ロジャー、同じ車に乗り込むもう一人のクルーだった。

 「車があるのなら、荷物を部屋から持ってくるので先に積ませてほしい。」
 「いや大丈夫だ、10時にもう一度迎えに来る。」
 「え? ということはスタートが終わって1時間もしてから追いかけるの?」

出発直後は団子になっているので、大ソーラーカー渋滞(ソーラーカー一台ではなく、最低でもその前後に一台ずつの伴走車、多いチームは5-6台のコンボイになる、それが50チーム続くのだ。)なので、その混雑が終わってから出るということだ。

07:55 ホテル出発 ロビーで細川さんとばったり。
08:10 スタート地点まで、てくてく歩いて15分ほど。ブラスバンドの生演奏。祭り会場のような大混雑。メンバーだけではなく見に来ている人が多いこと多いこと。日本だったら全部、柵で仕切って見物客を締め切ってしまうのだろうが、ここではそんな無粋なことはしない。

 僕に向かって手を振っている二人組、誰だ? アブダビでセル試験を専門に受け持ったSUNCATのご夫婦である。カップルでソーラーカーにハマッて、ソーラーカーに関係する活動をつづけながら、二人でソーラーパネル関係の設備会社を立ち上げて経営している、趣味と実益が完全に合致したうらやましい二人だ。アメリカから豪州まで観戦にきているのである。

さて、ここでも悲哀はある。英国チームとインドチームがトラブルでスタートできなくなったらしい。インドチームは詳細不明、英国チームは、先まで車両を搬送してもらい、リペアを試みる気のようだ。

08:30 スタート進行 各チームが1分おき程度の間隔で出発してゆく。すべてのチームのスタートの瞬間に注目が集まるわけで、この方式はなかなかヨロシイ。半分ほど進んで、北京チームがスタート、という段で、なぜかスタートゲートがしぼみ始め、なんと倒れてコースを塞いでしまった。これはちと残念。以後のチームはスタートゲートなしになっちゃった。

09:20 スタートできた全車両を見送り、ホテルに戻り、ポールを待つ。

10:00 ポール、ロジャーと僕が車に乗り込み、岩田さんとはここでお別れ(先に帰国)。
10:30 スチュアート・ハイウェイへ

10:50 SUNDANCER(USA,ヒューストン)いきなりストップして道路わきに退避している。
10:55 SUNSPEC(シンガポール)を追い抜く。
11:22 Durham大チームトレーラーを抜く(スタートできずトレーラー輸送中)

11:35 道路わきに人だかり
    煙を上げるソーラーカー
    なんと、ソーラーカーにスコップで土をかけている。

 燃えているのはマレーシアチームのソーラーカー、消火を手伝っているのは、スタートできなかったDurham大メンバーであった。マレーシアチーム、動的車検会場では自信満々だったのだが・・・・・。電気系が火を噴き、バッテリー含め、半壊状態に。カタマラン型だったので、ドライバーは無事(反対側にバッテリー含め電気系がまとめてあった)消火器では消し切れず、アッパーを外して、燃えているバッテリーを土でかけて埋めて、ようやく鎮火。みんな泣いて目をはらしている。
 夢を追いかけて、苦労して、ソーラーカーを作り上げて、ようやくたどり着いたオーストラリア。その夢が見ている前で燃えてしまったのだ。気持ちは痛いほど分かる。声をかけようとした僕も声が詰まってしまい、「You are still young. Get the next chance.」こう云うのがせいいっぱいだった。

12:00 後の処理を消防車にまかせて出発。

 道脇に高さ2m以上あるであろう巨大なアリ塚・・・・・最初はもちろん珍しかったが、なんおことはない、ずうっとアリ塚だらけである。ほんとに無数にある。

この後、何台も追い抜いたが 取り急ぎ省略

15:30 最初のコントロールストップ「キャサリン」に到着。
   コントロールストップとは、所定時間停止が義務付けされている場所。メディアにとっては取材しやすいし、チームにとっては休息と各部の調整、それと充電ができる、そういう場で、全部で7か所設けられている。

 アデレード大学の車両を見ていると、「日本からの取材の方ですか?」と日本語で話しかけれれた。「いや、取材というわけではないのですが・・・・・説明しづらいのでISFのマークを見せると、「ああなるほど」と納得していただけたような・・・。同大学の職員の逸見さん。もう10年ほど豪州に住んでいるとのこと。技官として学生たちのソーラーカー製作をサポートしてこられてとのこと。「初出場なんで、なんとか完走を目指しています。」頑張ってほしい。

16:10 キャサリンをスタートしてしばらくすると、ポウルが急に路肩に車を止めた。
  車を降りて、小さめの(といっても1m弱)アリ塚を見つけると、手に持ったWSCのオブザーバー用ポロをアリ塚に着せだした。
 「腕にする棒を探してくれ。」
 つまりはアリ塚に服を着せてカカシみたいにするのである。実際、道端にはお地蔵さんのように服を着せられたアリ塚が点在していた。文化財への落書きなんかに比べれば、ずっとしゃれたフットプリントだ。
 「お前の帽子もかぶせておくか?」
 「いやあ、最終日だったらOKかもしれいが、まだ使うから勘弁しておくれ。」

16:55 「後5分だ。」 WSCで走行が許されているのは17時まで。そこで停車して、バッテリーを外し、鍵のかかる箱に入れて鍵は各チームに派遣されたオブザーバーが管理。メンバーはそこで野営して、翌朝8時にスタートするのである。この時分になるとキャンプしやすい駐車場などを見つけたチームは走行を打ち切り充電に時間に切り替えるのだ。


17:00 本日の競技終了。

 「今日はマタランカに泊まる。温泉があるぞ。」
よううやく本日の宿泊場所を教えてもらえた。
 「温泉より冷たいプールに入りたいよ。」
暑い日だった。あさからずいぶんいろいろなことがあって、全部消化しきれない。

17:10 宿泊場所は野外バーとバンガローが一緒になったようなモーテル。

 「この裏に公園がある、おもしろいものが見れるぞ。」
僕が怪訝な顔をしていると、ポウルが
 「ついてこい。カメラは持ってるか?」
公園のゲートをくぐると、そこはヤシ大木が茂る薄暗いジャングル。ポウルが指差す木の上のほうを見上げると、ヤシの葉の柄の部分から何か黒い果実のようなものがたくさんぶらさがっている、ヤシの実にしては不恰好だし、ついているところが不自然だ、すると突然その一個が弾けた。弾けたのは果実ではなく翼だ。しかし鳥ではない。「Bat」大きなオコウモリである。無数に群がっている。もう少し暗くなると、こいつらが一斉に飛び立つのだ。

 さらにジャングルの遊歩道を進むと、水の音。温泉である。湯気が出るほどの温度ではなくぬるめの温水プールくらい。数家族+数カップルが水着になって浸かっている。水量は豊かで水はびっくりするくらい透明度が高い。(でも頭上にはコウモリの大群。)温泉の水が流れていく方向に進むと、濁った大きな川に流れ込んでいた。その川にはワニがいるので「遊泳禁止」の札。

 駐車場に戻ってくると、大きな鳥がウロウロしているクジャクの雌だ(クジャクは豪州大陸減産ではありませぬ。念のため)。少し離れたところに無かがうずくまっている。小型のカンガルー(ワラビーかな?)あまり人を恐れない、どころかクジャクは寄ってくる。

20:00 野外のバーで夕食
22:00 クリスが少々ご機嫌斜めで登場。少々問題発生の様子。喧々諤々。そこは省略

 夜中にクェークェーと大きな声で鳴いていたのは何物だったのだろう?

2015.10.18 Day 1

06:40 「サトシ、オンセンはどうだ?」とChris。よく見ると裸足。温泉帰りのようだ。「昨日入らなかったけれど、十分楽しませてもらった。」「コウモリは?」「ああ、ぶら下がっているのも、飛び回っているのも昨日見せてもらったよ。」 クジャクの雌が6羽、一斉に僕に近寄ってくる。オイオイ。

06:45 出発。昨夜の喧々諤々の決定に従ってキャサリンへ約100km戻る。昨日、火災をおこしたマレーシアチームの処遇と、彼らが「どうしたいのか」という意思の確認がミッションだ。

7:40 キャサリンのコントロールストップ
 土が山盛りになっていたマレーシアチームの車両をメンバー総出で掃除中である。モーターはMITSUBAではなくNGMがすでに装着されており、昨日溶け落ちたもう片方の後輪も、新しいタイヤがセットされている。バッテリー搭載部分は、CFRPの樹脂が燃えてカーボン繊維だけが残っている状態。どうやって再補強しようか、手持ちの板やクロスを引っ張り出して試行錯誤しているところだ。消火剤で真っ白だったアッパカウルのパネルも拭き掃除されている最中。その下には直列に接続された8個の鉛バッテリー。レース復帰を目指す彼らの意思を確認するのに言葉は不要だった。

 そう、昨日、詰まりながら声をかけた僕に、小さな声だったけれど、彼はこう返したのだ。

「Yes, I will do.」

「エポキシ樹脂はあるのか?(気温は十分に高い、ハンドレイアップ要領で、つまり剥がれたカーボンクロスの間に流し込んで両側から板で挟んでクランプ固定すればそこそこの強度は出るだろう・・・・)」

 ここに残ってリペアを手伝いたくなったが、出かかった言葉をぐっと飲み込んで、車上の人になった。僕って絶対に車検員とかオーガナイザー側の立場とかって向いていないよな。

08:10 キャサリンを出発。再びマタランカ、通り過ぎて次のコントロールストップ「ダマランカ」を目指す。

途中、ピンクパンサーパブに寄り道。
いろいろあったけれど省略

10:40 ダリ・ウォーターで朝食+昼食

14:35 レニー・スプリングで休憩

 途中 
カンガルーの看板、
キャトルグリッドも初体験
道端のカンガルーの死骸・・・・・湖岸道路の狸の死骸といい勝負な数密度


15:00 レニースプリングを出る時、それまで助手席に座っていたポウルが「どうぞこちらへ」と丁寧に手招きして僕に前に座れという。その理由は5分後に分かった。

15:05 テーブルマウンテン
 レニースプリングを出ると、突然植生が一変した。高い木が無くなり、灌木主体になるのだ。高い木が無くなるとどうなるか? 視界が開けるのである。360度地平線、絶対に日本では見ることのできない風景がそこに広がっていた。大陸の中央部に向かうわけであるから、標高は次第に高くなっている。一葉上昇ではなく登ったり下ったり、けっこうな起伏である。ソーラーカーには辛そうだ。

16:35 テナントクリークの街中へ
 モーテルを探しているうちに、本日のレース終了。エルドラド・モーター・イン。 free-wifiの看板が決めて。

18:00 食事 シェフおすすめのポークチョップは、半分しか食べれなかった(でかすぎて)
   悪いけれど、僕のほうが、もう少し上手に味付けして焼けそうな気がした。

ADSC2015 - 三文楽士 URL

2015/01/20 (Tue) 22:24:04

取り急ぎ写真集 https://www.facebook.com/media/set/?set=a.827798813951297.1073742049.100001635575101&type=1&l=35876ce792

Re: ADSC2015 - 三文楽士 URL

2015/07/17 (Fri) 20:58:35

ここに書くの忘れていた。XGAサイズの画像、集めてあります。

http://motor.geocities.jp/abudhabi2015/adsc2015top.htm

Re: ADSC2015 - 三文楽士 URL

2015/08/02 (Sun) 21:28:12

ADSC2015 阿布達比太陽周走記
THE ARBIAN SOLAR RALLY ROAD

http://sunlake.org/solar/adsc2015/index.htm

完結しました。

訂正 - 御坊哲 URL

2015/07/06 (Mon) 18:27:26

「琵琶湖周航の歌」の記事中で、浜徳太郎氏が「旧制長野高校」を6年かかって卒業したように記述されていますが、正しくは「旧制松本高校」であります。

Re: 訂正 - 三文楽士

2015/07/11 (Sat) 23:17:51

御坊哲さま、コメントありがとうございます。カメレスで済みません。確認して訂正します。少々お時間ください。

琵琶湖周航の歌コンクール入賞しました たかがき雅緒 URL

2015/06/30 (Tue) 14:13:35

28日 琵琶湖湖畔にあります高島市で開催された第19回琵琶湖周航の歌音楽祭合唱コンクールで銅賞を頂きました。
勉強させていただいたお陰です。
ありがとうございました。
よろしければ @ http://www.chorarbol.com/#!about1/cv2q

Re: 琵琶湖周航の歌コンクール入賞しました - 三文楽士

2015/07/05 (Sun) 21:06:43

たかがき様 おめでとうございます。
少しでもお役にたちましたら光栄です。
今後ともよろしくお願い致します。

小口太郎氏の特許 - 諏訪っ湖

2015/05/10 (Sun) 16:58:08

はじめまして。諏訪に住んでいる者です。息子が小口太郎氏の母校に入学し「琵琶湖周航の歌」を説明しよう検索していて、こちらのサイトに辿り着く事ができました。

小口太郎氏の特許を見たことがない、と書かれていたので、探してみました。
特許電子図書館には直接リンクを貼ることができないため、下記のオンラインストレージにPDFを入れました。

https://dl.dropboxusercontent.com/u/457931/JPC_0000042787.pdf

難しくて内容はわからないのですが・・・大正時代の出願で、図面含めて17頁の大作です。まさにサイトに纏められていた通りの秀才だったのだな、と実感が深まりました。

自分でも通りすがりの者が、余計な事をして・・・と思ったのですが、つい。

Re: 小口太郎氏の特許 - 三文楽士

2015/05/10 (Sun) 18:11:32

諏訪っ湖様 情報ありがとうございます。

 特許電子図書館(表の仕事でよく使います)最近リニューアルされた時に追加されていたのですね。気が付きませんでした。(リニューアル前は大正時代の特許は未収録で、見つける事ができませんでした。)

 当時は電子回路なんて日本には無かった時代(米国で二極真空管が発明されたのが1904年、三極管が1906年)なので、すべて機械式でなんとかしようとしていた時代だったのがよく解ります。


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